小説、第1話

「タイトル・未定」

山の中腹にある公園。
遠くには、海が光って見える。
ベンチには、君が座って、僕を見つめている。
そして、ふっと微笑み、僕に話しかける。
「ヒビキ君、大丈夫?」
僕は何とも言えなくて黙っている。
すると、君は不意に立ち上がって、空を見上げて言う。
「空がきれいだよ。」
ノースリーブのワンピースがふわっと広がる。
ああ、綺麗だ。可愛いなあ
お日さまの匂いがかすかにする。
そして、あたりが白く輝きだして、その中に君が消えていく。
どんどん見えなくなっていく……

深い海の底から浮き上がるように、僕は目を覚ました。頭がじんじんして、しばらく夢だと分からなかった。
ユミが夢に出てくるなんて……
なんとも言えないなまめかしい感じが残っていて、心がまとまらなかった。
ホント、ユミに逢ったのは、何年ぶりだろう
そんな感じだった。夢の中のユミは、あの頃のままだった。あの時と同じ微笑みときらめきで……。
僕は重い身体を起こして、枕元のコントレックスを持ち上げて、ごくごくと飲んだ。太陽は高く昇って、もう昼前だった。外からは、近所のおばさん達の話し声が、甲高く聞こえてきた。
お腹が空いていたので、ふらふらとベッドから這い出して、キッチンに行った。冷蔵庫を開けると、そこにはビール何本かとコンビニで買った蕎麦があるだけだった。
とりあえず、缶ビールを開けて、口に含んだ。アルコールが空きっ腹に染み渡った。部屋の中には、脱いだ服が散らかっていて、壁には洗濯物ハンガーに掛かっている。ようやく、感覚が現実に戻ってきた。
そういえば、もう3日も、家から出ていないな
仕事を休んで、もう1ヶ月が経っていた。発端は上司との仕事の方向性の違いだった。現場での小さいやりとりも大切にする僕とは違って、外から来た上司は、理念的な経営を口にするばかりだった。顔を合わせれば、いつも喧嘩をしていた。
ある朝起きると、僕の身体は動かなく、職場に行けなくなった。医者に行くと、しばらく休むように言われ、薬を調合された。僕は帰り道、男泣きに泣いた。なんで、身体を壊すまで頑張ったんだろう。
休んでいることが辛くてたまらなかった。世の中から取り残されている感覚だった。自然と外に出なくなり、食欲もなくなっていった。
部屋の隅っこには、高校の時にバイトして買ったギターが転がっていた。ボディはいつしか傷ついて割れていた。
僕もひび割れたギターみたいだな
いくらチューニングしても、響かないカラダ。手にする気も起こらず、ただ部屋の隅に転がしているギター。何もかもどん底な今。
そんなときに、僕は、ユミの夢を見た。
逢いたいな。君はどうしてる? 今の僕を見て、なんて言うだろう? 夢みたいに、心配してくれるのかな?
どうしようもない今、ユミのことを思い出したら、何か変わるかな。
そう思って、この文章を書くことにした。

僕とユミが出会ったのは、高校1年生の終わりだった。
僕達が通っていた高校は、山の中腹にあり、正門まで長い坂道を登らなくてはならなかった。
(続く)

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