小説・第2話

僕達の高校は、山の中腹にあった。高校までは長い坂道が続いていた。道ばたには桜が植えられていて、春には満開の花の下を歩くことができた。
高校自体は旧制の時代からあり、一応「進学校」の中に入ってはいたが、至ってのんびりした校風だった。先生達も「高校時代はしっかり楽しめ」というスタンスで、そんな中で僕達はのびのびとハイスクールライフを楽しんでいた。
高校に入った頃の僕は、これと言ってやりたいこともなく、クラブを転々として過ごしていた。唯一の趣味がギターを弾くこと。放課後、独りでぽろぽろ弾いていた。
授業は退屈で、かといって先生に反抗するほどの不満があるわけでもなく、僕の日常は静かに過ぎていった。教室の窓から見える街の風景を、ぼんやりと眺めるのが好きだった。

そんなある日、先生が転校生を紹介した。
眼の大きな女の子だった。僕は彼女を見たとたん、釘付けになってしまった。笑顔が素敵で、女の子らしいふくよかな体つき。僕は数日もたたないうちに、彼女と友達になった。
彼女はリコだった。1ヶ月もすると、僕達はくだらない話もする関係になった。
僕の高校では南と北に校舎があり、その間を渡り廊下が繋いでいた。ある時放課後渡り廊下を歩いていると、リコが北校舎のベランダに一人でいるのが見えた。僕はしばらく考えて、決心して階段を上っていった。
リコは空を見上げていた。吹奏楽部の練習の音が、すぐ下から聞こえてきた。リコは僕に気がつくと、ちょっと首をかしげながら振り返った。
「ヒビキ君、どうしたの?」
「あの……、何してんのかなって思って。」
「別に。空を見ていただけ。」
沈黙が流れる。僕は意を決して、言葉にした。
「あのさ、僕と付き合ってくれないかな?」
リコは眼を大きくして、しばらく僕を見つめていた。そして、僕から眼をそらすと、遠くを見ながら言った。
「私、好きな人がいるの。」
「え?」
僕は言葉を失ってしまった。そんな、こんな短い間に? リコは顔色を失っている僕を見て、にっこりと微笑んで言った。
「私達、友達でいましょ、ね?」
2・3日のうちに、彼女が好きな相手を知った。彼は逞しくグランドを走って、ボールを蹴っていた。僕はなんとも言えず、自分が小さく思えてしまった。悲しくなって、一人で坂道を下って、家に帰った。
木々は初夏の匂いを発していた。

それから僕ははじけることにした。文化祭の準備では、下校時間を過ぎて先生から追い出された後に、みんなで壁を乗り越えて暗い校舎の中に忍び込んだり。後夜祭では、キャンプファイヤーを回るフォークダンスで、いろんな女の子と手を繋いだり。休み時間は、教室でギターを片手に歌を歌って、女子達の輪に囲まれたり。
リコのことを、できるだけ思い出さないようにした。
そのうち、詩を書いたり、曲を作ったりするようになった。少しずつ、みんなの前で自分の歌を歌ったりするようになった。

ユミと出会ったのは、それからしばらくしてからである。
(続く)

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