小説・第8話

大切に、大切に水を注いできたグラスに、いつしかヒビが入り、少しずつ水が漏れていく。
気がつかないうちに、グラスが空っぽになる。
僕達の恋は、そんな風に壊れていった。

ユミは、僕を好きになろうと、努力していた。僕の好きだったアーティストの曲を何回も聴いて、好きになってくれたり。自分勝手に不機嫌になっている僕に、いつまでも付き合ってくれたり。
でも、僕は相変わらずだった。彼女の前ではいつも無言で、彼女の顔を見ることもなく。いい加減、俺の気持ちを察しろよ、みたいな感じで。そして、最後にはキスを求めて。
そんな僕の一方的な恋の仕方も、終わりを迎える時が来た。

高3の文化祭では、演劇部の仲間や新しい友達も入れて、教室を借りてコンサートを開いた。
その練習の時から、やけにユミになれなれしい男がいた。その頃から、ユミの様子が変わってきた。彼といると、とても楽しそうで、僕の前では見せない笑顔だったりする。彼が運転する自転車の後ろに乗って、嬉しそうにはしゃいだり。
帰りもこれまでとは違って、僕とは一緒に帰らなくなってきた。女の子と一緒に帰ったり。気がついたら、僕が一人残されていたり。
文化祭が終わると、彼とユミとの関係は、傍目から見ても親密な感じだった。僕は気が気で仕方なかったが、もう手が届かないものだった。

そんな時、またリコが話しかけてきた。
「ヒビキ君、どうしてる?」
僕がうやむやな感じで返事を返すと、リコは唐突に言った。
「ねえ、私達、手紙の交換をしない?」
ええ? 何で突然に? 彼氏はダイジョウブなの?
そんな僕のことなど気にする様子もなく、
「これからは、ヒー君って呼んでいい?」
ヒー君? それって、親しいのか、軽く扱われてるのか、どっちだ?
僕の動揺なんてお構いなしに、リコから手紙が届いた。
内容は、好きなアーティストのことか、日常のどうでもいいこと。でも、それを読んでいるのは楽しかったし、返事を書くもの楽しかった。
高1の時にあっさり振られたことも忘れてしまうほど、リコとの手紙の交換は楽しかった。

でも、ユミのことを忘れることはできなかった。もう一度やり直したかった。僕は何とかユミを呼び出した。
僕の前にいるユミは、身体を硬くしているのがわかった。僕は恐る恐る話を切り出した。
「僕達、もう一度つきあえないかな?」
返事はなかった。僕はもう一度押してみた。
「お願いだから」
「もう、ダメ」
ユミははき出すように言った。
「もう、戻れない」
「そんなこと言わずに、もう一度……」
「私がダメって言ったら、ダメなの」
強い口調だった。僕がたじたじしていると、ユミはポケットから手紙を出すと、僕に渡した。
「これ読んで」
彼女はそのまま帰ってしまった。手紙を手にしたまま、僕はぽつねんと残されてしまった。
(続く)

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