小説・第5話

気がつくと、陽は西に傾き、夕暮れが迫っていた。
ユミのことを思い出していると、知らぬ間に時間が経ってしまっていた。テーブルの上には、空になったビール缶が転がっていた。
何か腹に入れないとな……
僕は3日ぶりに、家の外に出た。初夏の匂いがした。
家の近くのコンビニの前には、高校生らしき一団が地べたに座り込んでいた。僕達はコンビニのない頃、どこで時間を潰していたんだろう。高校近くの豚まん屋。駅の近くのジャズ喫茶。高架下の公園。そんな場所で僕達は放課後、みんなと日が暮れるまでべちゃべちゃとおしゃべりしていた。
あの頃の僕は、イノセントというより、単に「ガキ」だった。周りから「クール」と言われ、ちょっといい気になって、そういうそぶりをしてみたり。実際は、中味なんて何もないのに。
僕はおにぎりを二つ買うと、コンビニを出た。陽は山の向こうに沈んでしまって、空が真っ赤に燃えていた。久しぶりに見る夕焼けは、やけに目にしみた。
夜がやってくる。これからの時間が一番つらい。考えることがどんどんマイナスの方にいって。
せめて、ユミのことを思い出して、明るい気持ちになれればいいんだが……。
               ☆
ユミのことを意識していたけど、僕からアクションを起こすことはなかった。相変わらず仲間達と一緒にいて、二人だけでどこかに行くこともなかった。
僕達は、手紙でお互いの気持ちを交換していた。かといって、「好き」なんて言葉を書くことはなかった。ちょっとした言葉の中に、相手への思いを込める。それだけで十分だった。
ある時、彼女からの手紙に、「単身赴任しているお父さんから電話があると、お母さんの声がうれしそうになる。こんなこと初めて気づいた」と書いてあった。何と、拙い恋だろう。今のコの方が、もっと上手に恋を楽しむだろう。でも、僕はこれでよかった。これが、僕のセブンティーンだった。
僕にもようやく一緒に音楽をやる友達ができて、文化祭にはバンドを組んでコンサートをしたりした。女の子達もいっぱい聴きに来ていて、ユミはマイクのセッティングを手伝ってくれたりした。
僕のギターには、コウモリの小さなぬいぐるみがぶら下がっていた。夜更かしが過ぎる僕のために、ユミが作ってくれたものだった。

季節が秋に移ろっていくと、みんなの気持ちは修学旅行に傾いていった。僕達の学校では、修学旅行の最後の日のキャンプファイヤーで、好きな人と踊ることが恒例になっていた。その日のために、みんなお目当てのコとステディになろうと頑張るのだ。
学校がどんどん色めき立っていく。その中で、僕は至ってのんきだった。なんとなく、ユミから何かあると感じていたから。
修学旅行当日、当時のクラスには馴染めなかった僕は、独りで行動していた。それはそれで、僕は僕なりに楽しんでいた。
二日目の夜、演劇部の仲間が僕を呼び出しにきた。廊下の奥では、ユミが待っていた。
「どうしたの?」
「これもらってくれる?」
ユミは小さい箱を僕に渡すと、そのままいなくなってしまった。廊下に残された僕は、箱を開けた。中には綺麗な花の絵が描かれたろうそくが入っていた。一緒にあった手紙を開いてみた。

<この地方の言い伝えでは、花が描かれたろうそくをそれぞれが折らずに持って帰ったら、思いが実るそうです。折らずに持って帰ってください。ユミ>

修学旅行最後の夜、僕はユミをフォークダンスに誘った。初めて、僕達は手を繋いだ。
キャンプファイヤーの火の粉が空に舞い上がり、夜空の星達の中に紛れていった。
僕はろうそくを折らずに持って帰り、僕達はステディになった。
僕達が出会ってから、もう半年が経っていた。
(続く)

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