小説・第6話

マルーン色の電車の窓から、光る海が見える。
僕とユミがステディになってから、二人で過ごす時間が長くなった。高校からの帰りも、仲間と帰るのではなく、ユミと一緒に帰るようになった。
季節は、高校に入って3度目の春を迎えていた。坂道は桜の花で飾られていた。桜の下を歩いていると、彼女がふっと口にした。
「海、見に行きたいな」
だから、僕達は海にやってきた。僕達にとって、一番近い海に。
僕達は海のすぐ前にある水族園に入った。エントランスを抜けると、目の前に大水槽が広がった。エイが気持ちよさそうに泳いでいた。
二人で水槽を見て回った。「イワシが泳いでる!」って、どうでもいいことにはしゃぎながら。
イルカショーでは、イルカの可愛い演技に二人で拍手をして盛り上がった。彼女と一緒にいる時間が、楽しくて仕方なかった。
時間は夕方になろうとしていた。僕達は浜に出た。内海で穏やかな波が、砂浜を洗っていた。波打ち際では子ども達が、砂の城を作っていた。
僕とユミは並んで、砂浜を歩いていた。彼女は白のワンピースを着ていた。裾が夕方の風に吹かれていた。
会話はいつしか途切れ、僕達は黙って砂浜を歩いていた。僕が右で、ユミは左。コンクリートの上をおじさんがランニングをしている。太陽が少しずつ西の空に沈んでいく。
不意に、彼女が、
「遊ぼ!」
と言って、海の方へ歩き出した。そして、スニーカーを脱ぐと、素足で波の中に入っていった。
「冷た〜い」
そう言うと、
「ヒビキ君もおいでよ!」
僕も裸足で海の中に入っていった。水はまだ冷たかったが、細かい砂が足の裏に食い込む感じが心地よかった。波が引くと、一緒に足の裏の砂が流されていって、体が不安定になる。
「あっ」
ユミがバランスを崩して、倒れそうになった。僕は手を差し伸べて、彼女の身体を支えた。
「ごめん、ヒビキ君……」
……ユミの顔が、僕のすぐ目の下にあった。彼女は僕に体重を預けたまま、じっとしている。太陽は山の向こうに沈もうとしていた。僕は彼女の顎に手を添えた。
二人が見つめ合った時間は、永遠のように感じた。僕は顔を近づけると、ユミにキスをした。1秒間の短いキス。柔らかい唇。
彼女のほおがほてっているのを感じた。太陽の匂いがした。僕は身体を離すと、
「そろそろ、あがろうか」
二人で、足が乾くまで、砂浜に並んで座っていた。太陽はとうに沈み、海の向こうに島影が、夕闇の中におぼろげに浮かんで見えた。
僕は彼女がいとおしくてたまらなかった。いつまでもこの時間が続いたらいいのに、途切れなく打ち寄せる波音を聞きながら、そう考えていた。
(続く)

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