小説・第7話

あの頃の僕は、ホントにガキで、独りよがりで、女の子を丸ごと受け止めるような度量なんて、持ち合わせていなかった。ユミへの思いも、今から思えば、自分勝手なものだった。
ある時、演劇部の一人が転校するというので、お別れ会を開いた。僕は転校するコに、曲をプレゼントした。

 も一度聞かせて 新しいその人は
 僕よりあなたを愛しているの?

 この頃 あなたは明るくなったみたい
 僕のいないところで微笑んで
 二人でいるときには 遠くを見つめてる
 笑顔なんか 何処かに置き忘れたように

曲の評判はよかったが、よくもこんな歌をみんなの前で歌ったものだ。
こんなの聞いたら、ユミは辛くなっちゃうよな。
そんなことにさえ、気がつかないほど、僕は子どもだった。

実際、夏を迎える頃から、僕達は少しずつ歯車が合わなくなってきた。
彼女が他の男の子と話したりしていると、無性に気になって、なぜかいらいらしたり。原因は単純なんだけど、その時の僕は、自分の気持ちにどう対応すればいいのか、分からなかった。
「ヒビキ君、どうしたの?」
ユミが怪訝そうな顔をして、尋ねてくる。僕は黙ったまま、歩き続ける。
こんな時は、言葉が大切なのに。「君が他の男の子と一緒にいると、いらいらするんだ」って、口に出して言えばいいのに。そんなことも、僕は知らなかった。
僕が何も言わないので、ユミは仕方なく、僕の少し後を歩いてついてくる。
そのまま、坂道を下り終えて、駅の近くの高架下の公園に行く。そして、二人で黙ってブランコに乗っている。こんなデートを何回も繰り返すと、話のきっかけが掴めなくなって、更に黙ってしまう。
ホント、曲と同じみたく、「笑顔」なんて忘れてしまった感じに陥ってしまった。

誰かから様子を聞いたのか、久しぶりにリコが話しかけてきた。
「ユミとは、最近どうなの?」
僕が黙っているので、リコは勝手にしゃべり始めた。
「ユミって最近、家に帰るのが遅いみたいよ。お母さんが何度言ってもダメみたいで。そういうとこ、あるんじゃないかな」
なんで、そんなこと知ってるんだよ。それに、帰るのが遅くなるのは、不機嫌な僕に彼女が付き合っているからじゃないか。
僕が、軽くにらむように彼女を見ると、
「また、気になったら、声かけるね」
そういうとリコは、女の子達との喧噪の中に消えていった。

僕は自信がなかったんだと思う。ユミがどれだけ僕のことを好きかってことに。
それは、言葉を交わして、理解し合って、確かめ合っていく過程が大切なんだ。だけど、その頃の僕は、確かな実感が欲しかったんだ。
いつものように、高架下の公園で、いつものように、とっぷり日が暮れるまで二人でいて、そろそろ帰ろうかという時、
「ユミ」
そう言って、僕は彼女の腕を強く引いた。
ユミは一瞬戸惑ったが、僕に身をあずけた。僕は彼女の背中に腕をまわすと、彼女をきつく抱きしめた。彼女の匂いがした。
僕は少しかがむと、ユミにキスをした。長いキス。彼女は動かなかった。
キスをしながら、僕はやっと、ユミを実感としてつかみ取れた気がしていた。柔らかい唇、柔らかい躯、太陽の匂い。
その全てが、手放したくない、ユミの全てだった。
(続く)

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