先日、職場の飲み会があったのだが、珍しく1次会だけで終わってしまった…
時刻はまだ午後9時過ぎ。おなかも物足りないし、もう少し飲みたい気分。
前から自分の住む町に、ぶらっと立ち寄る店がほしいと思っていたので、駅から下りて気の向くままに歩いてみる。
…と、暖簾の下がった小さな寿司屋を見つける。
みると、カウンターと座敷だけのこぢんまりとした店。
試しに入ってみることにする。
茂里鮨
ご主人と奥さんだけでやっているお店。
呉春の冷やを頼み、いくつか握ってもらう。
特別のネタがあるわけではないが、どれもおいしかった。
ご主人と話をしてみると、最近は回転寿司に客を取られて、なかなか大変とのこと。
でも、その回転寿司もただ安いだけでは客が来ない時代になってきているから、と言うあたりに寿司屋としてのプライドを感じた。
途中でなじみの人が犬の散歩の途中に、ビールを1杯だけ飲みに立ち寄ったり、地域に定着している店だと感じた。
どの鮨もおいしかったし、ご主人の真面目な人柄も感じた。
これから、またちょくちょく食べに来たいと思う。
…ただし、おなかにある程度入れてから、ね。
そうしないと、ちょっとびっくりしたお勘定になる(^^ゞ
1月 28 2007
1人で2次会…
1月 27 2007
鮟鱇鍋
木曜日の魚屋さんから、鮟鱇と牡蠣を買ってきた。
その時に「お子さんに見せてあげて」と小さい鮟鱇を、丸ごと売ってくれた。
早速家で観察会(^^)
鮟鱇のいわゆる提灯も、ちゃんとついていて、「これが光って、魚を呼び寄せて食べるんだよ」と説明。
子ども達は「わー、気持ち悪い〜」とか言いながらも、触って楽しんでいた。
こういう体験も大切だ。

何とも言い難いグロテスクな形相だけど、その身は淡泊でおいしい。
今が旬の魚だ。
この鮟鱇は自分でさばいてみたが、骨が硬く、出刃包丁でもなかなか苦労した。
でも、鱗がない分、皮を剥ぐのは簡単。
「鮟鱇は捨てるところがない」って聞いたけど、あの頭はどうやって食べるのかな?
アラにでもするのだろうか…
やはり自分が食べるものは、自分でさばいた方がいい。
だって、ずっと人はそうしてきたんだから。
1月 24 2007
根菜カレー
1月 17 2007
あの日から12年…
神戸のことをエントリーした後に、こんなことを書いているのも、偶然ではない何かを感じてしまう。
12年前の午前5時46分、あの大地震が阪神地区を襲った。
僕はその時はまだ実家に暮らしていて、2階に寝ていたのだが、ものすごい揺れの中で無意識に「うわー!」と叫んだことを覚えている。
目を開けると部屋中ぐちゃぐちゃで、僕が寝ていた布団のところだけ、すっぽりと抜け落ちたように何事もなかった。
頭の横には6kg以上もあるスピーカーが、倒れていた。あれが頭を直撃していたら、無傷ではいられなかっただろう。打ち所が悪かったら…
今思い起こせば、生き残ったというべきだろう。
今日はTVで震災の特集がいろいろ放送されていたが、未だに生活の基盤を失ったままの人たちのことを聞くと、この国はいったい誰を大切にしているのだろうと思う。
先日神戸に行ったときも、昔とは違った空に届くようなビル達を見上げ、あの震災で儲けた者達のことを考えた。
あそこに住んでいた人たちは、今はどこにいるのだろう…
忘れてはいけない、あの日のことを。
国の基盤である憲法さえ変えると公言している男を戴いているこの国を、本当に優しい国にするためにも。
1月 14 2007
神戸の夕焼け
今日は長男が、朝から「どこか行きたい!」とぐずっていた(そうだ)。
僕は最近体調が悪いので、昼まで寝ていたのだが、起きてくるなり妻から「長男、荒れてるよ」との声…
…うーん、しかたがないなあ、じゃあ、どこか出かけるか
天気はよかったので、じゃあ、海を見に行こうということで、神戸はメリケンパークに行くことにする。
ここにはポートタワーもあるが、実はこの建物は僕が小学校の時絵に描いて、校内で最優秀賞に選ばれた思い出のところでもある。
久しぶりにてっぺんまで上ってみるのもいいだろう。
このあたりも震災以後かなり整備されて、メリケンパークからモザイクまで歩いていける。
しばらくモザイクでウィンドウショッピングを楽しんだら、夕闇の時間…
夜景を見ようと、ポートタワーに上がってみる。

夕焼けをゆっくり見るなんて、久しぶりだな
やっぱり、こういう時間が大切だ
目の前に見えるモザイクは、結婚する前、妻と何度も遊びに来た思い出の場所でもある。
一緒に入った店も、10年前と変わらずまだ営業していた。
あの頃は、まさか自分達が3人の子の親になって、またここに来るなんて想像もしていなかった。
人生って、不思議だ。
これからもいろんなことがあるだろうけど、その全てをそっと掬い取りながら、生きていきたい…
1月 12 2007
最近mixiに顔を出しています
かなり前に、ブログで知り合った方に誘っていただいて参加したmixiだが、あまり興味もわかず、そのままになっていた。
それが、最近ひょんなことから訪れてみると、いろいろ懐かしい人たちに会うことができて、俄然楽しくなってきてしまった(^^)
というわけで、ちょくちょく顔を出していますので、よろければそちらでもよろしくお願いしますm(__)m
ただし、こことは違う名前で出ているので(^^)、よく探してくださいね〜
ところで、いわゆるSNSはもうひとつキヌガサにも参加しているのだが、こちらの方はどうしたものか…
同じようなものなら二つ入っていても通うのが大変だし、退会するのも1つの手だが。
あるいは、僕の裏人格で登場してみるか(って、そんなもんあるのかって? 人間は複雑なもんだからね…)。
というわけで、ただいま思案中です。
それでは、mixiでも会いましょう(^o^)/~~~
1月 07 2007
あけましておめでとうございます
新しい年が始まって、1週間がたちました。
僕は今日ようやく年賀状を印刷し終わって、ポストへ…
こんなに遅くなったのは、人生初めてです。
年末から年始にかけて、体調もよくなく、肉体的にも精神的にも疲れを感じたこの1週間でした(:_;)
この前に更新したのがクリスマス・イヴだから、クリスマスホリデーからニューイヤーウィークの間、ここを休んでいたことになります。
何度か記事をアップしようかなと思ったこともあったのですが、そういうことに時間やエネルギーをかけることが、何かもったいなく思えてしまって…
その分、紅白を観たり、隠し芸大会、仮装大賞など、この時期の定番番組などを家族と一緒に観て歓声を上げるという、休みらしい時間を過ごしました。
何か、この方が有意義だったような気がします。
今年は公私ともに更にいろいろ大変な1年になりそうです。
体と心を大切に、スローライフを胸に刻んで、のんびりぼちぼちやっていきますので、よろしくお付き合いください。
さて、最近繰り返し聴いているのが、この唄。
生と死を越えて、生きることを励ましてくれるいい唄だと思います。
よろしければ、お聴きください。
綾乃ひびき – 永遠の風 – EP – 千の風になって![]()
それでは、今年もよろしくお願いします。
12月 24 2006
もう戻れなくても逢いたい
今夜はクリスマス・イヴ。
大人だって、何か特別なことがあるんじゃないかって、つい思ってしまう夜。
子ども達は枕元にサンタへの手紙を書いて、夢の世界へ。
NORADのサンタ追跡プログラムによると、サンタはちょうど今日本上空を通過中とのこと。
きっと、もうすぐここにもプレゼントが届くだろう…
プレゼントをもらえない僕は、ちょっと心温まる映画を自分にプレゼント。
スペシャル・エディション (初回限定生産)
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もう変えようのない過去を受け入れるには、許すしかないじゃないかな
癒しに過ぎないとしても
それが、きっとお互いへのプレゼントになるんだ
素敵なクリスマス・イヴが あなたの上にも 舞い降りますように
Merry Christmas!
12月 22 2006
今日は冬至
公私ともに、9月から今日までの3ヶ月間は、怒濤のごとくの毎日だった。
今日でとりあえず一区切り。
ちょっとは自分のことやこれまでほったらかしにしてきたことに、時間を割くことができるかな?
と、思っていたら、毎年参加している「100万人のキャンドルナイト」から、メールが届いた。
…そうか、今日は冬至だったんだ。
1年で一番昼が短い日…
こういう大自然の動きに気が回らないほど忙しいのは、決していいことじゃないよね。
ろうそくにでも火を灯して、スローな夜を…といきたかったが、生憎ろうそくがなかった(:_;)
そこで、「暖炉Mac」というソフトで、気分だけでも炎の暖かさを味わうことにする。

(これはモニターに暖炉の炎の様子を映し、薪のはぜる音をさせるソフトです)
1年で一番長い夜は「ブレイブストーリー」のDVDを観て過ごすことにする。
気に入ったら、感想をアップします。
さて、明日からは少しずつ太陽が顔を出している時間が長くなる。
いろんなことがある人生だけど、この宇宙の変わらぬテンポを感じながら、生きていきたいものだ。
12月 17 2006
教育基本法は死なない
準憲法と言われている教育基本法が改悪されて、一晩が明けた。
安部首相は早速諮問機関を使って、緊急提言などを出すつもりのようだが、そのなかでも「教員免許の更新制」を早く出したい意向の様子。
つまり、いくら法を変えても、実際に教育を司っているのは、現場の教師。
その教師の心と体を縛ってしまわないと、支配者の思い通りにはいかないのだ。
いうことを聞かすのは、「言う通りにしないと免許を取り上げるぞ」という脅ししかない。
しかし、そんな脅しは通用しないぐらいに、僕たち国民の意識と団結は成熟してきている。
教育基本法は、戦前多くの命を戦場で散らした教育勅語を否定し、新しい日本国憲法を教育の力で、現実の中に産み落としていくために制定された。
その精神は、前文に高らかにうたわれている。
いくら改悪しても、その精神まで殺すことはできない。
なぜなら、多くの国民がその精神を理解し、守ろうとしているからだ。
日本弁護士連合会
自由法曹団
明け方まで降っていた雨はきれいにあがり、僕はクラブの試合に生徒を引率していった。
結果は負けてしまったけど、チームメイトを責めず、また新しい気持ちで課題をクリアしていこうと話した。
多くの保護者が応援に来てくれて、温かい飲み物を差し入れてくれた。
そう、法が変わっても、僕らが子どもに教える真理は同じ。
それを納得してくれる子ども達と、支持してくれる親たちがいる限り、
未来は 僕たちの側にあるのだ。
教育基本法(昭和23年3月31日)
われらは、さきに、日本国憲法を確定し、民主的で文化的な国家を建設して、世界の平和と人類の福祉に貢献しようとする決意を示した。この理想の実現は、根本において教育の力にまつべきものである。
われらは、個人の尊厳を重んじ、真理と平和を希求する人間の育成を期するとともに、普遍的にしてしかも個性ゆたかな文化の創造をめざす教育を普及徹底しなければならない。
ここに、日本国憲法の精神に則り、教育の目的を明示して、新しい日本の教育の基本を確立するため、この法律を制定する。


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